金融資本主義の新しい役割 6

資本主義体制の核心部に依然としてとどまっているのは、株主です。


株主は《カルパントラのやもめたち》を通してメディア化された小株式保有者の均質的な群れにはけっしてなりませんでした。


それには理由があります。


公権力は「大資本」とともに、ユーモアたっぷりに、かつためらいながら、この小株主保有者の群れに訴えかけます。


しかし大資本にとっては、人民資本主義主(1986~88年の民営化にともなう)は、波乱に富む株主総会に際してときおり助力を保証してくれる以外に何のメリットもなかったのです。


企業、さらには企業を含むシステムに関して言えば、権力の行使が所有権の集中化をもたらすということは、新石器時代の古き勝利の戦争以来受け継がれていることです。


戦争の原動力は変わらずに、その性質が変わっただけなのです。

金融資本主義の新しい役割 5

それゆえ金融資本主義は、もはや「産業資本主義とは呼べない資本主義というのは、「サービス」に重要性があたえられ、金融技術の刷新に巨額の投資がおこなわれているからです。


だから後退してしまったのです。


米国の銀行は、近いうちにみずからの後見的な役割(とりわけラテンアメリカへの貸し付け)に対して重い税を払うことになるでしょう。


かれらの困難にはまだまだ終わりがありません。


というのは、集中化が始まったばかりだからです。


救済されたアメリカの銀行は、数年前に占めていた地位を取り戻さないうちに、世界的ヒエラルキーの頂点から消え去り、日本の銀行にとって代えられるでしょう。


日本の銀行はそのほとんどが独立した銀行ではなく、南アメリカ大陸の冒険のまきそえになることも、OPAへの押さえがたい欲望のまきそえになることもなかったので、それだけ受ける衝撃は少なかったのです。


ヨーロッパの銀行は、米国と日本の両極のはざまにあって、みずからが慎重になる程度に応じて、また人から慎重になることを勧められる程度に応じて、損害が大きいことも小さいこともありました。

金融資本主義の新しい役割 4

だからといって、この経営者の境遇の改善は、銀行およびその他の株主の権力という他の2つの権力に対する経営者の相対的権力を高めるのに十分であったと主張することはできないでしょう。


金融権力の火をかかげた銀行は、《金融》の拡張によって、もっとも根本的で、もっとも不調和で、もっとも不安定な激変を確実に経験しました。


奇妙なことでありますが、銀行の相対的・絶対的な権力は、つぎのようなさまざまな衝撃を受けることによっていたるところで後退します。


つまり銀行からの企業の自立化(企業は直接に市場に訴える)、規制緩和による競争圧力の高まり。


これは銀行を現存の他の金融企業(保険、証券会社といった)の、あるいは新規の金融企業(小規模事業銀行、大銀行)の謀略にさらした、物価上昇を上回る費用の高騰(無利子の普通預金の有償化、ついで無償でおこなわれる金融サービスの負担)。


そして最後に、それに加えて外国への貸し付け金の回収不能、そしておそらく将来でてくるであろうOPAに際しておこなわれるいくつかの債券発行の返済不能、といった衝撃がそれです。

金融資本主義の新しい役割 3

自己の権力を長期にわたって強化したいと願う3人の当事者(銀行、株主、経営者)のうちで、もっとも巧みに、しかも損をしないうちにいっせいに手を引いたのは、企業経営者です。


まずOPAは株主に、とりわけ経営者株主に利益をもたらした、もちろん経営者株主だけに利益をもたらしたわけではありませんが。


経営者株主は、オプション取引を通して70年代に増加し、即座につぎのような意志を表明しました。


つまり敗者からは自分が追い落とされないように扱われ、勝者からはときおりの勝利がピリュス将軍のように「古代ローマの将軍で、勝利はしたが、痛手も大きかった」ならないように扱われたい、という意志がそれです。


経営者株主のこのような境遇の改善は、合併の駆け引き、買収、縁組による売却、その他の集中化の方法があおりたてられただけに、ますます一般的になり、無条件で主張されました。


したがってこの向上は、日本よりも米国において、ついでヨーロッパにおいて、無条件により顕著でした。


日本では、この種のゲームはよこしまなものとして(言葉の悪い意味で、つまり悪いことをしても何のメリットも期待できないものとして)扱われています。

金融資本主義の新しい役割 2

「オプション取引(先物取引の一種)タイプの手続き、あるいはOPA(株式公開買い付け)は、危険がないどころではありません。


60年代以降の「オプション取引」の創設とその一般化は、株主が上級の経営幹部に対して協力の代価を支払う意思があることを表しています。


経営幹部の給料はいかに高額であろうとも、この代価を保証するには十分ではないでしょう。


OPAは、2つの新しい戦略が生じたことを物語っています。


第一のものは、資本家的所有者相互の戦略です。


というのも、買い手は売り手の権力の正統性に異議を申し立て、売り手を追い落とそうとするからです。


第二のものは、資本家的所有者と上級の経営幹部とのあいだの戦略です。


それを物語っているのが、オプションやOPAの取引の多少とも友好的な性格であり、またこれらの取引が成功した場合にはその成果が経営者の最終的な態度に依存しているということです。


経営者は、新しい所有者との敵対的な(あるいは友好的な)契約をつねに守るというわけではありません。


買い付け前の債券発行による資金調達方法に関して言えば、この方法は銀行と「実体世界」の企業とのあいだの現存の関係に無関心ではいられないでしょう。


貨幣が前貸しされる瞬間には、企業は銀行に依存しますが、返済の時期になるとその関係が逆転します。

金融資本主義の新しい役割

さまざまな権力ヒエラルキーにおける金融の地位上昇を明らかにすることは、それほど容易なことではありません。


そのためには、農業・銀行・工業について語らなければならないでしょう。


この3者の相互関係は、日本、ドイツ、米国、フランスでまったく異なっており、このちがいは本質的に歴史
的な理由に由来しています。


したがって「貨幣経済」のゆきすぎた膨張をはぐくんだ金融技術と金融手段が決定権、制御権、所有権の配分・・・


その中心に位置するのが資本主義です。


これに対して中立的であるというのは、見せかけにすぎません。


これらの金融技術は、保守的な意思と反体制的な意思の双方をつらぬく本質的な権力構造の変化を引き起こすように事実上宿命づけられているのではないでしょうか。

膨張する金融 2

「実体経済」の活動、つまり国民生産と世界生産の活動は、依然として穏やかです。


これに反して、この活動を支えている金融資産の名目的活動は、変動がはるかに激しくなっています。


この変動は規則的な周期性をもたず、しかもその変動幅がしだいに増大することが見込まれています。


したがって、諸種の資産が増殖するか破壊されるかは、この感染から身を守る実体経済の活動のさまざまな変動から独立するでしょう。


結局、所得は現在にあり、資産は過去からやってきます。


だから将来は、貧しい人びとよりも金持ちにとって不確実なものとなります。


世界資本主義の景気変動におけるこの新しい形態学は、金融領域が今日実体経済から自立することによってもたらされた唯一の効果であるとみなすことはできないでしょう。


金融領域の自立は、蓄積のテンポと速度を再検討するだけにとどまりません。


それはまた、資本主義の本質的な権限の転換を(いいかえれば資本主義の頂点でくりひろげられている権力闘争の転換)。


この転換はすでに察知されているを物語ってもいます。

膨張する金融

世界の株式市場の相次ぐ調整を目の当たりにして、それをむだなことあるいは偶然的なことと考えたり、神の判断とみなすことも、まったく不当であるように思われます。


これらの動きには偶然的なものはなにもありません。


それが金持ちの苦悩の引き金になることを除いては、そうなのです。


金持ちにおける苦悩の存在と損害は、もしもかれらの富の源泉の1つをそこに見るべきでなければ、不可解なことでしょう。


実際、金融領域の膨張がつぎの2つの方向で効果を発揮するのは避けられません。


1つは、長期的成長の維持と短期の信用膨張の起爆剤としての効果であり、もう1つは、熱狂の緩和策としての効果です。


周知のごとく、この熱狂を別の方法で矯正することはできない、公的な介入が減少しているだけに、なおさらでしょう。


実際、われわれは短期の景気変動における新しい形態学の時代に入ったのです。


その特徴は、旧来のジュグラー循環とも、また第二次世界大戦から60年代末まで続いた穏やかな痙攣とも、異なっています。

緯度も経度も0度の場所はどこか その2

ここで、学校で習った地理のおさらい。

経度と緯度がともにゼロになる地点はどこでしょうか?

緯度0度は簡単ですよね。

緯度は、赤道を基準線として南北を計るものなので、0度はずばり赤道上。

経度は、ロンドンのグリニッジを通る本初子午線が基準線になります。

だから、緯度も経度も0度の地点というのは、赤道と本初子午線が交差するところとなります。

地図をたどると、そこはアフリカ大陸の西岸、ギニア湾の真ん中あたり。

もし、そこが陸上ならば「緯度も経度も0度」であることを記した碑が建って、記念写真のスポットになっていたところでしょうがが、残念ながら海の上でした・・・。

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緯度も経度も0度の場所はどこか

たとえば、東経139度必分28秒6759、北緯35度39分29秒1572というのは、東京都港区麻布台211811の経緯度。

かつて、東京天文台が立っていた場所です。

このように、地球上のあらゆる地点は、緯度、経度の2つで表すことができます。

実感していなくても、私たちは日常生活で経緯度のお世話になっています。

そのもっとも身近なものがカーナビゲーション。

カーナビのGPS(global positioning system)は、地球の軌道上に打ち上げられた人工衛星から発信される電波を受信して、その車がどこを走っているかを測定するシステム。

ただし、「あなたの車は何丁目の何番地にいます」というデータがくるわけではありません。

衛星から送られてくるのは、経緯度の数値データ。

船や飛行機が現在位置を測定するときも、経緯度を用いるのが普通です。

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