東京湾のガン 5

建設残土をかぶせて埋立地にするとしても、そこは何10年も建設残土を処理する大事な場所として使わなければなりません。


その他に生ゴミや清掃工場から出される灰、下水処理場から出るスラッヂの埋立場所としても長く使われるようになるでしょう。


不要なテレビなど家具類は家具 買取で処分します。


そうなると埋め立でが完成するまで、そこには依然としてかなりのヘドロが取り残されることになりますし、それらが埋立工事によってわきあがり、海水を汚してしまうこともおきるでしょう。


・・・このような議論からわかるように、東京湾は今後絶対に埋め立てるべきではないと必ずしも言いぎれないことは確かです。


一方で、そんな呑気な議論をしていないで、東京湾内に空港をつくれという話もあります。


日本人が外国に行こうとすれば必ず飛行機を使わなければなりません。


日本ほど便利な飛行場を必要としている国はありません。


京都大学の天野教授は、関西地方だけでも飛行場が少なくとも3つや4つは必要であると主張しています。


名古屋でも新しい国際空港をつくることが現実味を帯びてきました。


関西の人口は2000万人です。


空港が仮に現状のまま2つであるとすれば、一空港当り1000万人の人口が割り当てられます。

東京湾のガン 4

固形物になってもその内容は何だかわからない有毒物質をたくさん含んでいます。


そのため、簡単に埋立地用の材料にするわけにもいきません。


埋め立てるならその枠囲いは、相当にしっかりしたものにする必要があります。


遠く太平洋に持って行ったらという議論もあります。


しかしそれも海洋汚染を薄めて広げることになります。


もう一つ別の方法は、このヘドロがブヨブヨとわき上がらないように砂をその上にまくことです。


しかしこれもまた大変お金がかかるものです。


それならばそこだけに限定して、土で上から押さえるように埋め立ててしまい、汚いものに蓋をしてしまったらどうか、そういう議論もあります。


その規模はかなりの広さになります。


おそらく羽田の飛行場2つ分くらいの広さになるかもしれません。


この考え方は技術的には不可能ではありません。


ですから埋め立てはやってもいいのではないかという意見が出てきます。


したがってこのヘドロが集中的に堆積している場所こそ、建設残土を投棄できる埋め立ての候補地になってくるでしょう。

東京湾のガン 3

下水道が既成市街地にほぼ行き渡ったのは、ここ10年くらいです。


工場に廃液処理のための性能の良い施設が設けられだしたのは、ここ30年来のことです。


それまでは製紙会社の出すパルプ廃液や、いろいろの製造会社の出す有毒物質は、一般の住宅が吐き出している台所の水などと一緒になって、長い間東京湾に流れ込んでいました。


東京都市圏の人口が少なく、工場も多くなかった第二次大戦前には、これらの排出物質は、絶対量が少なかったから東京湾の海水による自浄作用で一見きれいに浄化されていたようにみえました。


しかし、本当は自浄作用でも完全にはきれいにされず、これらの汚濁物質は少しずつ集まり、それらが明治以降の100年の間に膨大な量になって、海流の動きにあやつられて東京湾の真中に堆積しているといわれています。


東京湾の海水をきれいにするためには、このブヨブヨとしたヘドロつまり汚濁物質をかいだすことがまず考えられます。


しかしかいだされたこれらの堆積物は、水をたっぷり含んでいりますから、焼却処理をして水を取り除き固形化しなければなりません。


さらに残った固形物をどこへ持って行ったらいいかということになります。


固形物が仮に灰になったとしても膨大な量でしょう。


つまりかいだして焼却処理をすれば、絶望的に費用がかかることになります。

東京湾のガン 2

一番汚染された水を運んでくる綾瀬川と伝右川は、荒川に合流し、東京湾に流れ込んでいます。


ただ、この地区も最近は下水道を着々と整備しつつあり、それが完成すればまた東京湾の水質は良くなるでしょう。


しかし東京湾の水質を良くするためには、さらに重要な課題があります。


東京湾に入る川の水質は良くなったとしても、すでに大量のヘドロが東京湾に流れ込んでいるという事実があります。


このヘドロは江戸時代から現在まで、東京が400年にわたって排出してきた、生活汚水・工場汚水がつくり出したものです。


それが潮の流れで一緒に集まり、まとめられて東京湾の中央部に堆積しています。


その量は膨大ですが、固まっているものではありません。


波が荒れると、ブヨブヨの汚いヘドロがただよい始めそして浮かび上がって、東京湾の水質を汚しています。


このヘドロを取らないと東京湾の水質は決定的には良くなりません。


明治になってからの100年の間、東京・川崎・横浜には下水道が完備していませんでした。

東京湾のガン

窒素は栄養分ですから、それが水に溶ければ溶けるほど、微生物が増えてきて海水が汚れてくることになります。


加えて工場が出している有害な有機系薬品の廃棄物が東京湾に出てこなくなりました。


工場がそれぞれ独立に、これらの有害物質を処理し、海水や河川に流れないように始末をするようになったからです。


このような公害防除の努力がいろいろなされて、東京湾の水質は確実に改善されました。


ところが、東京の下水道整備をこのあとも進めてゆけば、東京湾の水質が良くなるかというと、必ずしもそうではありません。


東京湾を汚している元凶は、荒川に流れ込んでいる、東武伊勢崎線沿いにある綾瀬川だということは有名です。


綾瀬川の支流に伝右川があって、これもまた水質汚濁の元凶です。


この埼玉県を流れる綾瀬川と伝右川沿いに、パルプや化学系の水を汚す小さい工場がたくさん並んでいます。


そういう工場に対してきちんとした下水道がまだできていません。


さらにその周辺には住宅地がたくさんあるのです。


そこにも下水道整備がなされていません。

ゴミと都市の問題 2

太平洋の黒潮にのって大量の土が海面で多くばらまかれれば、漁場に影響が出てくるかもしれません。


漁民は当然反対するでしょう。


東京湾をこえた広域的環境汚染問題を生み出します。


したがって建設残土と産業廃棄物の最終処分地として、東京湾の中には埋立地が必然的に次々とできあがってくるのかもしれません。


これから500年くらいたったときには、そのつどそのつど埋め立てることはやむをえないという話が続いた結果、東京湾の3分の1くらいが建設残土と産業廃棄物の島で埋まっているかもしれません。


・・・理想的には、東京湾を絶対に埋めてはいけないということは理解できます。


しかし現実問題としては長い時間の中では少しずつ埋めていかざるを得ません。


このジレンマの解決は極めて難しいのです。


もう一つ難しい状況が東京湾の水質にかかわって存在します。


東京湾の水質はここ10年でかなり良くなってきています。


それは下水道が整備されたために、水に溶けている窒素分を下水道で処理して、直接東京湾に流さなくなったためです。

ゴミと都市の問題

生ゴミを大量に埋め立てた土地は、そのゴミが腐ってゆく過程で大量のメタンガスを発生します。


そこで自然発火することもあります。


地盤もながい間緩んでおり、簡単に宅地として利用できるところではありません。


埋立後の利用としてはそこに海上の森林をつくろうという話があります。


しかしそのための具体的方策はまだ現実的にはなっていません。


しかし生ゴミよりももっと東京湾の海面を確保するために深刻な要因は前記の建設残土であり、コンクリートに代表される産業廃棄物です。


建設残土の方が量が多いからです。


生ゴミは焼けば灰となりその量が少なくなるのです。


生ゴミが十トンあるとしても、焼却炉で処理すれば、最終的には5百キログラムの燃えかすになります。


しかし掘った土やコンクリートの固まりは圧縮できないから、そのままどこかへ持っていかなければなりません。


それらを東京湾の外へ持っていって捨てるという話もありました。


東京湾外の太平洋には太平洋としての環境問題があります。


また運搬費用が高くなるのです。

沖縄を襲った大飢饉

沖縄は1709年、台風によって大きな被害を受けました。


その上に日照りが続き作物がとれず、この年は「丑年の大飢饉」といい伝えられています。


沖縄ツアーなどで観光するなら、こうした島の歴史を知っておくとより奥深い旅をすることが出来るでしょう。


義留が見たのは、餓死した女の死体を墓まで運ぶ人たちでした。


毎日のように死人が出るので、葬式を出す心のよゆうなどは無かったのです。


首里の王城下の、士族の上位である親方の下男である義留は、まず最小限の食べものは与えられていました。


ひでりのあとは雨も次第に降るようになって、野も山もよみがえってきましたが、まだ民百姓は立ちなおることはできなかったのです。


義留は生れ島(村)に、ひさしぶりに帰ってみて、この惨状に胸のつぶれるような思いをしました。


村の人々はついに他村の蘇鉄にまで手を伸ばしました。


野生の蘇鉄とは言っても、自村の共有です。


せめて最後の食料として、とっておきのものです。


命の綱とも言えるとても大事なもの・・・。


この貴重品を、他村のものに盗られてはたまったものではありません。


盗られた村人は激昂して、若者たちを動員し、蘇鉄群生を警護しました。


蘇鉄は幹を扁平に切って、乾かして調理するのですが、調理方法をまちがえてしまうと、中毒して命を失うことになります。


義留は村の人たちの幾人かが、蘇鉄で命を絶ったのも見ました。


まさに蘇鉄地獄です。


雨が降り続くかと思うと、ひでりが何か月もやってきます。


その上何回も強烈な台風が襲来します。


食料が無くなれば、義理も礼儀も失われるのは当然のことでしょう。


首里の上々の王子、按司、親方などには、身近なことではありませんでした。


義留は、この惨状に目をおおうているかのようにしか見えない上の人たちを、心の中でねたましく思っていました。


打つ手はないものかともどかしく思ったのです。


キャリアウーマンはバランスが大切

キャリアウーマンを世代別にしてみれば、第一世代の特性は、男女差別が強かった時代的背景のなかでの「男まさり」だといえます。


第二世代の特性は、ようやく女性の社会進出が認められてきた時代的背景のなかでの「有能さ」。


そして、第三世代の特性は、雇用機会均等法が施行されるという時代的背景のなかでの「元気さ」でしょうか。


そうした意味づけのうえで、個別のキャリアウーマンのタイプ分類では、


1.男まさり度


2.有能度


3.元気度


この3つの要素の「バランス」を観察していくのが、一つの有力な方法になるはずだと思います。


私なりの観察でいえば、この3つの要素には次のような傾向があります。


1.男まさり度キャリアウーマンでも高齢者ほど強く、年齢とともに徐々に弱くなり、若手ではかなり低くなる。


2.有能度30歳~40歳代の中間部で高くなり、高齢者側はやや低く、若手側はもう少し低いという山型のカーブとなる。


3.元気度若手側が高く、中間部で低くなり、高齢者側はまちまちでうまく線が引けないが、必ずしも低くない感じ。


・・・各要素とも、トップクラスの人を100として、比較してみればいいでしょう。


ある40歳代の派遣 千葉で働くキャリアウーマンについての私の観察結果は、「男まさり度30、有能度70、元気度50」で、第二世代の特性がかなり明瞭に現れていると思われました。

新しいゴミ処理システム

新しいプラごみ処理システムをいち早く導入したのは、高知市です。


このシステムは全国3000余りの市町村の中でもおそらく十指に入るほどのユニークなもので、人口30万以上の中都市にあっては、とりわけそうです。


また、乾電池、蛍光灯管などの水銀含有廃棄物の回収も88年度で72トンに達しています。


それとともに、資源ごみ収集でも紙類、布類、びん・ガラス類、および缶・金属類が廃品回収業者の組合を通して月1回、回収されています。


その量は88年度で6831トンにのぼります。


これは、ごみ収集量10万4100トンに対して6.5%を占め、全国的に見てもかなり高い資源化率となっているのです。


現在同市はリサイクルトナーの推進にも積極的に取り組んでおり、東京や大阪などの大都市に対していいお手本となっています。