人間を責めずに、事がらを攻める 5
「に求める」と言いましたが、正確には「から与えられる」です。
それがあたりまえになっていて、誰もがここに、いささかの疑いも持たないでしょう。
H型ではそれを、眼前の状況の事実に求めます。
生々しい状況の中に我が身をおいて、自分の目で見た、あるいは手で触れた事実を"先生"としていくのです。
この第二の原理におけるH型への転換も、第一の原理と同様あるいはそれ以上に、その必要性がわかっても、なかなかできないことであるようです。
組革研に参加してせっかく体験しても、最も早く消え失せていくのがこれです。
・・・というのは、数十年にわたって身に染みついた自分の体質との闘いもさることながら、それ以上に、上も下もそうありたいと願いつつ、双方にとって、それは楽ではないからだと思われます。
しかし、この原理抜きにしては、組織集団の活性化は絶対にありえません。
仮にあったとすれば、それは一時的な疑似現象であって、偽ものにすぎません。