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2010年11月 アーカイブ

キャリアウーマンはバランスが大切

キャリアウーマンを世代別にしてみれば、第一世代の特性は、男女差別が強かった時代的背景のなかでの「男まさり」だといえます。


第二世代の特性は、ようやく女性の社会進出が認められてきた時代的背景のなかでの「有能さ」。


そして、第三世代の特性は、雇用機会均等法が施行されるという時代的背景のなかでの「元気さ」でしょうか。


そうした意味づけのうえで、個別のキャリアウーマンのタイプ分類では、


1.男まさり度


2.有能度


3.元気度


この3つの要素の「バランス」を観察していくのが、一つの有力な方法になるはずだと思います。


私なりの観察でいえば、この3つの要素には次のような傾向があります。


1.男まさり度キャリアウーマンでも高齢者ほど強く、年齢とともに徐々に弱くなり、若手ではかなり低くなる。


2.有能度30歳~40歳代の中間部で高くなり、高齢者側はやや低く、若手側はもう少し低いという山型のカーブとなる。


3.元気度若手側が高く、中間部で低くなり、高齢者側はまちまちでうまく線が引けないが、必ずしも低くない感じ。


・・・各要素とも、トップクラスの人を100として、比較してみればいいでしょう。


ある40歳代の派遣 千葉で働くキャリアウーマンについての私の観察結果は、「男まさり度30、有能度70、元気度50」で、第二世代の特性がかなり明瞭に現れていると思われました。

沖縄を襲った大飢饉

沖縄は1709年、台風によって大きな被害を受けました。


その上に日照りが続き作物がとれず、この年は「丑年の大飢饉」といい伝えられています。


沖縄ツアーなどで観光するなら、こうした島の歴史を知っておくとより奥深い旅をすることが出来るでしょう。


義留が見たのは、餓死した女の死体を墓まで運ぶ人たちでした。


毎日のように死人が出るので、葬式を出す心のよゆうなどは無かったのです。


首里の王城下の、士族の上位である親方の下男である義留は、まず最小限の食べものは与えられていました。


ひでりのあとは雨も次第に降るようになって、野も山もよみがえってきましたが、まだ民百姓は立ちなおることはできなかったのです。


義留は生れ島(村)に、ひさしぶりに帰ってみて、この惨状に胸のつぶれるような思いをしました。


村の人々はついに他村の蘇鉄にまで手を伸ばしました。


野生の蘇鉄とは言っても、自村の共有です。


せめて最後の食料として、とっておきのものです。


命の綱とも言えるとても大事なもの・・・。


この貴重品を、他村のものに盗られてはたまったものではありません。


盗られた村人は激昂して、若者たちを動員し、蘇鉄群生を警護しました。


蘇鉄は幹を扁平に切って、乾かして調理するのですが、調理方法をまちがえてしまうと、中毒して命を失うことになります。


義留は村の人たちの幾人かが、蘇鉄で命を絶ったのも見ました。


まさに蘇鉄地獄です。


雨が降り続くかと思うと、ひでりが何か月もやってきます。


その上何回も強烈な台風が襲来します。


食料が無くなれば、義理も礼儀も失われるのは当然のことでしょう。


首里の上々の王子、按司、親方などには、身近なことではありませんでした。


義留は、この惨状に目をおおうているかのようにしか見えない上の人たちを、心の中でねたましく思っていました。


打つ手はないものかともどかしく思ったのです。


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